自分はできている。自分はわかっている。
このパターンの対極にあるのは「自分は何もできていない」「自分は何もわかっていない」です。
信頼と実績のパターンで生きていると、こうも現実の自分と乖離するのかと呆気にとられます。そこにあるのは慢心。おごり。自分の未熟さに打ちのめされます。
パターンにすっかり覆われているからそのフィルターを通してしかものを見られず、完全に信じ込んでしまっています。
さらに、自分の未熟さを突きつけられたのが、何もできていない、何もわかっていない自分を隠蔽しようとする(なかったことにしようとする)自分の保身のパターンです。「おまえ〜~~ここでそれを発動するか?!」と自分に対して思いました。自身の未熟さも認められないほど未熟で臆病な自分。これは、本当に恥ずかしいこと。
せめて今はどうにか、ようやく、このパターンを察知しているから、時間をかけてこのパターンと向き合います、「私」。
