続けても続けても先がある

続けても続けても先がある

2017年10月02日 22:28


自己探求は、決して期間(日数)などでは区切ることのできない学びです。ゴールがない、続けても続けても先がある、そういう学びです。

しかし一般的にセミナーや講座などでは、開催日時や回数が決まっていたり、得られる効果/ゴールさえ、明示されています。

今年のはじめ、某役所のセミナー企画に応募し落選しましたが、その理由もそれでした。受講後どんな効果があるのか?それを示せなければ、ダメ。

でも、自己探求に取り組んでいる身としては、「得られる効果は何ですか?ゴールは何ですか?」といった言動は、不安や疑念を抱くその人のパターンによる場合があるので、それを言っているパターンは何ですか?という話だったりします。でも自分を見てないから本人はそのことが全くわからない・・・

何年かかるのかも、どうなるのかも、まったくわからないのが自己探求です。

そのわからなさは、自己探求をしていない人たちに時に恐怖や不安を与えるかもしれません。だとしたら、なぜ怖い?何が不安?見るべきはそこです。恐怖や疑念を抱えての「得られる効果は何ですか?ゴールは何ですか?」という問いからは、理解に到る答えは得られないのです。もうすでに恐怖や疑念を抱えているので、どんな説明からも、自らの恐怖や疑念を補強する材料しか情報として得られません。

自己探求では、他人の言動のわからなさを自らの限定的な枠(パターン等の自らの信念や価値観、過去の経験にもどつく考え)にはめ、目の前の他人をジャッジすることはしません。

自分の感情や感覚の湧き上がるおおもとを見る、自らの恐怖や疑念のおおもとと自らが向き合う。視線を自分の内側に向ける。それこそが自己探求であり、自己理解であり、ひいては他者理解になるのです。

そして、それをやり続けていると、なるほど、続けても続けても先があるなー、ということがわかるのです。