演奏の快・不快

 

辻井さんの演奏を聴きながら、パッと「快か?不快か?」を感じてみてました。それでわかったのは、私は聴いたことのある曲には快、聴いたことのない曲には不快さを、感じていることです。不快感の中身は、退屈、不穏、落ち着かない感じ。その辺りが満たされるのは逆に、曲のわかりやすさ(単純さ?)や明るさや親和性かもしれません。

そーか、、私は音楽を聴きながら頭で(記憶で)理解しているんだ、と、思いました。聴いたことのある曲は、「あ!」と頭の中にある記憶で察して、それがまず、快。で、聴いていても、快。

なじみのあるものは快、なじみのないものは不快、でまず受け取っている。ただ、聴いたことのない曲でもメロディや音が心地よく感じれば(明るい、軽快、かわいらしい、きれいなど)、それは快です。

「雪が踊っている」の演奏について、辻井さんがインタビューで、雪が舞っているのを思い浮かべながら弾いている、と話していました。

この「雪が踊っている」というタイトルや、辻井さんのお話を知ってから曲を聞くのと、まったくそういったことを知らないで聞くのとでは、受ける印象は異なります。

ちなみに、「雪が踊っている」という曲は、どちらかといえば不快です。不穏さを感じるからです。でも辻井さんのお話を思い浮かべれば、あぁ、雪が舞っているねぇ・・・と、雪が落ちてくる灰色の空を見上げているような場面を思い浮かべるのです。

辻井伸行ピアノ・リサイタル I