ひとがどうあろうと「私」は大丈夫。

ひとがどうあろうと「私」は大丈夫。

2021年08月12日 08:32

「あんなことをされたくなかった」というパターンに語りかけをしています。
その語りかけの中には、過去にパターンが体験した出来事がいくつか含まれ、それらはすべて他人が自分(のパターン)に対してしてくれなかったこと、他人が自分のパターンを満たすどころか、けちょんけちょんにしていったこと、踏みつけていったこと、です。もっと短く表現するとそれらは「他人が自分にした(とパターンが受け止めた)こと」です。
「●あんなことをされたくなかった」の真逆のパターンは「○どんなことをされてもいい」となるでしょうか。この受身的な表現をストレートに言い換えると「○何をしてもいい」となります。
それで今回、作ったのは・・・
○もうそこにこだわり続けるのをやめよう。
ひとが何を言っても、ひとが何をやっても、ひとが何をしても、
「私」は大丈夫。「私」はやっていかれる。
たとえそれが故意であったとしても、「私」はやっていかれる。
だからもうそこにこだわらなくていい。
「本当の私」が心から欲する領域へ向かおう。
そして新たな世界をつくっていこう。
ひとが何をしようと、ひとがどうあろうと「私」は大丈夫。
心がふわーーーーっと広がります。
何があっても「私」はやっていかれるという「根拠のないワーク」(笑)がありますが、この白パターンの選択は、そもそもが安心なんだ、そもそもが大丈夫なんだという大元の世界を現実にしていくものだと思います。そして、そのひとのその言動はそのひとのものであり自分の中で起きてることではないという、ひとと自分との分離感(乖離感、離れてる感、分かれてる感)があります。
今日1日、ひとがどうあろうと「私」は大丈夫。「私」はやっていかれる。「私」は白を選んだ・・・ということを心の中に起こしていきたいと思います。そして「私」の現実を創り出して行きたいと思います。