脱フュージョン
「脱フュージョン」ってご存知でしょうか? 私ははじめてこのことばを聞きました。
とあるセミナーで、この話を聞いたのですが、「魂の道場」で教わってきたものと一部重なっていて、学びを広めていきたい私にとっては朗報でした。世の中にこういう話が出ていること自体が良い傾向だと思ったのです。
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「脱フュージョンはアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)における六つの構成要素の一つであり、言語の意味が行動に影響を及ぼす効果を減らして、言語以外の行動基準がその瞬間によりよく機能できるようにすることを目的とする。」のだそう。(Google検索より)
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自分は嫌われているに違いないとか、自分はだめだといった思い込みから、簡単なワークにより離れるというもので、講師の方が具定的な方法として、「自分は嫌われているに違いないとあなたは思っているんだね。」という例をあげられて、そのように「・・・自分の思い込み・・・とあなたは思っているんだね。」と言ってみることを推奨してました。
なんと「語りかけ」は脱フュージョンでもあったのか!とひとりで膝を打ったのでした。そしてこの方法は割と多くの人に受け入れられている実感があるとも言ってました。
他にも、馬鹿馬鹿しいキャラクターになって、自分は嫌われているに違いないと言ってみるとか、小さな船にその思いを乗せて、それが川を下っていくのをイメージするとか、さまざまな取り組みを紹介していました。
フュージョン(fusion)には、結合や融合など、くっつくという意味があるので、それを脱するということで、離す・外すとなるのだと思います。私たちは思い込みや決めつけなどのフィルターをかけて世の中を見ていて、現実を見てはいない。だから、ありたい自分を生きていかれるように脱フュージョンで現実を見ていかれるといいですよね?といったお話もされていて、そうか、一般的にはこういう風に説明するのか・・と勉強になりました。
その場ではもちろん「本当の私」とか「心のからくり」については触れられていませんが、「脱フュージョン」を通して、せめて自分の思考を客観的に見て、自分だと思ってる存在以外にも自分というものがあるのかも?!自分だと思っていたものが実は本当の自分ではないのかも?!と気づけたらいいな・・と思うのです。