未熟な自分をゆるす

 

ふと・・・未熟な自分をゆるす・・・と心の中で唱えたら、楽な気持ちになっていくのがわかりました。塊がほろほろとくずれていくような感覚です。未熟な自分をゆるす。

その塊は、「未熟であってはならない」という思い込み(パターン)から、未熟な自分を否定して、努力をし続けてきた産物だと思います。

そもそものところで、未熟な自分をゆるしていたら、そのままの自分を認めていたら、自分を追い込むことも、責めることもなく生きていただろうと想像しますが、自分の場合はそうではなかった。

この「そうではない」を体験してわかる、そのままでいい、ということ。「ではない」を生きてはじめてわかること。はじめからわかっていたら、と思うけど、そこでも自分の未熟さに気付かされます。

学校での勉強も、仕事も、道場での学びも、そうやってやってきたんだなーーーー(遠い目)。

未熟であってはならないとか、自分が思う通りの自分でありたいとか、ちゃんとしなきゃとかと思ってやっているから、そこには常に緊張があり、力みがあり、余白や余裕はありません。

・・・未熟な自分をゆるす・・・