ふだんの何気ない日常会話って、これまでの体験や出来事を通して、将来を予測したり、まだ見ぬ結果を判断する。こういうことを繰り返しているんだな、、、と思いました。
それで、先日、TVerで面白い番組を見たんです。
>> 光一&シゲのSHOWマン!!「錯視アートで脳がダマされる!!」
この番組で、研究者の方が「あんな可能性、こんな可能性と考えるよりは、一番もっともらしいものを決め打ちするほうが、生きていく上で都合が良いのではないか」と話されていました。
脳が経験で知っている形を思い浮かべて、それだと思い込んでしまう。
カズレーザーさんが「生まれてから “矢印” を見たことがない人がこれを見たら、、、」という話をしていました。そうしたら、この物体を見て “矢印” だと思い込むこともないだろう、ということです。
脳が経験で形を補う。本当はそうではないものを、そのように見てしまう。そして、それは生きていく上で都合が良い(生きやすい)から。
それってそのまま「自分はわかっている、自分は知っている」というパターンです。何も決まっていないものを決め打ちする “錯覚” です。
・・・・・もしかしたら、自分はわかっている、と、もう、決めつけなくてもいいのかもしれない・・・・・
このマントラを言うと胸の辺りが解けていくような心地よい感覚があります。これは脳にとっての「快」とは、比べ物にならないです。
白のマントラを言い続けて、むしろそちらを決め打ちするくらいがちょうどいいのかも〜。
