魂の道場・茅ヶ崎クラスで今回盛り上がったのは「昭和」を思い出すことでした。懐かしいことをたくさん思い出しました。
私にとっての昭和は、一つのものを何度も修理しながら長く大事に使う時代で、このことで真っ先に思い出すエピソードがあります。
時は平成。以前、使っていたMacBookが壊れて、修理をお願いしようと思ってそれを、銀座にあるアップルストアの相談カウンター「Genius Bar」に持って行ったら、シルバーのカウンター越しに白いTシャツを着たシュッとした青年に「これは買い替えですね。」とあっさり言われ、その時の驚きと言ったら・・・!
「買い替え」の一言のために私はわざわざここに来たのか、と腹立たしくもあり、私は「は?」となりました。なんのための Genius Bar なのぉ?!パソコンを蘇らせる天才はどこーーー?!(と叫びました、心の中で。)
それまで修理といえば、時計の修理(電池交換)とか靴の革底の修理とか、自転車のタイヤの修理で、町なかにあるお店に持って行くと、作業着姿のおじさんが、あずけると数日であるいはその日のうちに使えるようにしてくれる、といった感じでした。ボタンや靴下の穴などは、自分で繕って着てました。修理が身近で当たり前だったです。
「修理しながら長く大事に使いましょうね」、皆、そうしてました。
平成時代に体験した Genius Bar での出来事は自分の中の「昭和」に気づくきっかけになりました。私が気づいたタイミングもかなり遅かったかもしれません。それからは修理はせずに買い替えるのが当たり前の世の中にしばらく焦燥感や寂しさをおぼえていたように思います。買い替えが当たり前になると、製品を長期間使うことを前提にしなくなります。ものづくりにおいてもきっとそうでしょう、家電だと、もって10年でしょうか。そういう意識になります。
それくらい経つと、部品がありませんとか、製品の省エネレベルが上がって電気代の節約になるとかで、買い替える。となると、モノへの愛着も薄れていっている気もします。いや逆か、そこまでの愛着をモノに求めなくなるのか。
修理しながら長く大事に使いましょう。そういう時代を生きてきた自分なので、当たり前に買い替えることが、何かを大事にする心を奪っているのではないか?と思ったりします。
