白パターンでこのところ選んでいる、この「もしかしたら、・・・・なのかもしれない」の「なのかもしれない」は、決めつけているパターンとそれ以外のすべてとの間にある流れのようなもののように思います。
決めつけているパターンの周りにぐるりと堤防があるとするならば、そこにできた決壊です。「なのかもしれない」により強固な堤防がちょっと崩れます。
パターンを囲む堤防の向こうは海であり、無限の可能性です。パターンが「1」とするならば、パターンを取り巻くものは「♾️(無限)」です。ここはまだ先が何も定まっていないという意味で未分化な世界だと思います。
・・・・なのかもしれない・・・・と言うとき、パターンが決めつけているんだな、ということをちょっと離れたところから見て、そのパターンによるガシッとした決めつけがホロホロと崩れ、実はそのすぐ向こう側には「♾️」の世界があることに気が付く。何も定まっていない世界で、そのように決めつけていたのは自分のパターンだったんだ、と認める。
そのうえで、「私」はどうありたいのかを問い、ありたい自分を「私」が選ぶ。小さな堤防に囲まれたパターンが決めつけている「1」に対しての「♾️️」、そこから「私」が選ぶわけですから、そこにあるのは広がりであり、可能性です。
「私」はどうありたいのか。われわれにはそれを選ぶ自由がある。
