人のせいにしない
週末、社会のことを考えていて、私は、人のせいにすることで成り立っている社会にもう、うんざりしているんだな、と思いました。
人のせいにすることで成り立っている社会とは、何事も自分で引き取らない、自分で考えない、自分で責任をとらない、責任をとろうとしない、責任をとらなくてよしとされている、そういう社会のことです。
何かにつけて、誰かがこう言った、社会が、国が、あれをした、これをした。あるいは、あれをしない、これをしない、、などなど。問題の本質がうやむやになり、保身もあってなかなか取り組みができない。何かがどうにかなってようやく行動するような社会は、基本的に何もしない、変化をめんどくさがるようになります。それが今、はっきりと表れているのではないでしょうか。
そういう状況にずっと身を置いていると、いろんなものに対して受け身で反応的な在り方しかできず、能動的に主体的に自分の人生を生きている実感は得られないのではないか、と私は思います。気がついた時には茹でガエルになっているのではなかろうかと思うんです。
それじゃあ、自分はどうしたいのか?いつまで誰かが何かを言ったっていうことに反応し続けるのか?そうやっていて自分の人生はどうなるのか?
私自身もまたそういう社会を責めることの無意味さを感じ、自分はどう生きたいのか?という決意を新たにしています。
自分は、あ〜だから、こ〜だからと人や状況のせいにはしない。自分は自分の人生を生きていく。死んだ時にあの世で、神様のまえで「私は、生きました!」とはっきり言えるように。