「どうしたいの?」という問いは、いまでは「どうありたいの?」に変わりました。しかもそれは自分で自分に問うものです。
その黒パターンに対して「私」(本当の自分)はどうありたいのか。自分はこの人生においてどうありたいのか。
これは生きながらにして宇宙とつながっていることだと思うんです。(いや、そもそも、人間は宇宙とつながっていて、でもパターンに覆われてそれがわからなくなってしまっているということなんだけれども)
日々パターンと向き合い、「私」を育てることで、ちょっとずつその覆われた部分が薄らいで、向こうのほうから少し陽がさしこんでくるような気がする。少なくとも雲の向こうにはお天道様がいることはわかっている。
どうありたいのかは、本来の意識の部分なので、そこを中心にすることで、黒パターンではないところでの言動をする。ここに慣れたい。(まだ慣れたとは言えない。黒パターンで、、ということもしばしばあり。)
そのためにはまず、何かにひっかかってイラっとした時に、黒パターンによる反射的な言動をせず、「黙りなさい!」と「私」がパターンに厳しめに言ってそれを自分で止める。その瞬間、自分は「私」の領域にいるので、できるだけそこでの滞在時間を長くしたい。白パターンを選ぶことやマントラを唱えることも、そう。
これは留学みたいなもので、外国語を習得するにはその国に暮らすのが一番いいのと同様に、新たな領域のあり方や言動を身につけるためには、その領域に暮らし、その領域での流儀に倣うのが一番と思うのです。
さ、今日もやっていきます。
