「できない」という体験

「できない」という体験

2023年05月16日 07:56

今回の体験で私が「これはただ事ではない!」と思ったのは、恐怖感・不安感に一気に飲まれたことでした。

通常、「感情・感覚が沸いたら、パターンを見て〜」とやっているのに、それができない。ここで「まずい!」と思ったんです。

自分のすべてが感覚に支配されてしまって、ドキドキが止まらず、考えることができなかった。無理でした。それで、お医者さんに行こうと思ったんです。

それまでの私は、「できない・やれない・やらない人」に対して、「なんでできないの?なんでやらないの?」と、「自分が思うようにやってほしい」パターンはしばしば思っていたのですが、「できない・やれない」という今回の体験から、そういうこともあるのだと、「できない・やれない」を受け入れることを学びました。

丸い円があるとするならば、私はその片側ばかりを生きてきたと思います。言ってしまえば「できる・やれる・やる人生」でした。おかげさまで健康でしたので、できてしまうし、やれてしまう。そのようにして周囲の役に立ってきて、それが当然だし、その積み重ねが成長だし、社会人ってそういうものだと思っていました。

今回、これまでの自分を振り返ってみると、できてしまう、やれてしまうことから、自分でさらにハードルを上げていたことにも思い当たりました。

例えば、一つの仕事について、初期段階で試行錯誤を繰り返し、一定の流れを作業化していって、そこに正確性やスピードを自分で設定し、自分を追い込んで、ゲームのように仕上げる、というようなことをやっていたんです。やり始めた頃は何日間もかかっていたものが、数時間でこなせるようになる。そうした成果・成長・進化が楽しくて仕方なかった。

この話を鍼灸医の先生にしたら、「そんなにスピードを求めてたら、そりゃー、頻脈になるワケだー」と半分呆れ顔で言われました(笑)

話を元に戻すと、「自分が思うようにやってほしい」パターンは自分自身でさえ思うようにならない今回の体験を経て、「できない・やれない・やらない」もそれでいいのだと受け入れながら、片側ばかりが増幅していびつになった円を整えるべく、今は、じっくり、ゆっくり、ゆったりやる、丁寧にやる、時間をかけるなどを心がけるようにしています。

「できる・やれる・やるには価値がある」というパターンが、「できない・やれない・やらないはダメ」とジャッジせず、ただそれだけのこととして受け止める。

そして、「やる・やる・やる」と成長・成果・手応えを獲得するために力んでいた心が和らぎ、気が抜けたようにゆる〜くなっていったように思います。