水と油
今朝は「水と油」というキーワードとともに画像にあるようなディスプレイを思い出しました。
先日の授業で、「そこにいながら自分は染まっていない」と先生がおっしゃっていて、「ふーーむーーーーーー・・・」としばらく考えていたんです。
このディスプレイには一つの入れ物の中に「水と油」が入ってますが、混ざらずに成り立っています。透明な部分と色のついた部分とが分かれている。分離している。同化していない。これを激しく振っても透明な部分が色に染まることはありません。どこまでも分かれて存在し続けます。
これを社会や組織に見立てた時、そうか、周りと同化しなくてもいいんだ。そこにいるということ=同化ではないんだ。同化せずにそこにいることもできるんだ!と思いました。これはすごく楽。なんだか息苦しさから解放されます。
他と自分は明らかに違う。合わない。混ざらない。そのことを認めた感じです。
それで思い当たったのは自分と他者とか自分と組織の関係性での傾向です。
私はこれまで、ある程度同化して馴染むようにそこにいることを選んで生きてきました。そうあることで、余計な軋轢や緊張を生まずに仕事ができるからです。「郷に入れば郷に従え」のスタンスで、ある程度染まってしまった方が楽だったのでした。
また、そこにはパターン特有の、自分ではないものとの「同一化」によって自分を成り立たせるという傾向も垣間見られます。認められたい、わかってもらいたい、受け入れられたいなどのパターンは言ってみれば、相手と自分とが混ざり込んだ状態なんだろうと思うんです。
でも、自分と他人は明らかに違う。明らかに別。混ざらないもの。水と油です。