自分を社会に合わせてきた(その2)
転機となったのは、「体調を壊して一旦、小休止。」1年数ヶ月休んだときです。このときからしばらくは、仕事が原因で具合が悪くなったものと信じていました。数年間はあまり一生懸命には仕事をしていなかったです。あまり頑張ると具合が悪くなると信じていました。
この頃は、自分の社会復帰に合う仕事を探していたので、自分の中のハードルをかなり下げた再就職活動でした。それで、「週3回1日3時間のアルバイト」を選びました。
しかし、自分が体調を壊したのは、認められたいパターンが無理をしていたからだったんだ、と気がついて、以前よりは楽な気持ちで働けるようになりました。
その後も、いくつもの黒パターンで働いていることに気づき、そのたびに向き合ってきました。メインは、自分は特別だ、自分は上だ、自分はデキる人間だ、とそれにまつわるパターン、あとは、他人を自分の思う通りに動かしたいパターンです。
そして、一昨年、2度目の体調不良に。この時は心底、恐怖を味わいましたが、ここでの大きな気づきは、できなくてもいいんだ、、、ということ。できない自分をゆるすことでした。このときは1ヶ月程で復調しました。
今思うと、この「できなくてもいいんだ」は「自分はデキる」というパターンが大きくなってはじめて思えたことだと思います。パターンは何を「デキる」と思っているのか、ということでもあります。他人が自分に言った「すごい」「賢い」「デキる」は、私という人間を働かせるための、単なる潤滑油であったのかもしれず。自分のパターンが受け取ったような意味ではなかったんだな、と今では思うんです。相手もパターンで言ってますし。私のパターンがそれを欲しがり、他人からそう言われればそれを鵜呑みにしてがんばってきた。社会ではそういう人間が認められるんだとパターンが信じて、シャボン玉の中で突っ走っていたということです。
「できなくてもいいんだ」に話を戻すと、「何かがデキる自分でないとなんでダメなの?」と自分に問いかけてみたいです。「なんで自分を社会に合わせなければ!と思ったの?」とも。
明日は、その3か?