できない自由
たまたま、聞いていたラジオから「できない自由」ということばが入ってきました。
できないって自由なんだ、とストンと入ってきました。「できない」への意味づけ。なんで自由かというと、できると既定路線しか進めないけれども、「できない」は「できる」以外の全てだから〜と私は思いました。「できない」は可能性。
「できない」と、「できている」時には思いもしなかった別の選択肢が浮かんできます。
「もっと近道」、「もっと楽な道」、そもそもそれをやらず他をやるとか、そこへのこだわりからいったん離れたり、あきらめたり、そもそもそれって必要なんだっけか?と引いて見たり、「今は、できない」ということで「次はできる」とか、「反省」や「面白い」を追求して「より深く」もある。
私はと言えば、つい最近、いま向き合っているパターンを新たに選び変えて行動する機会があったにもかかわらず、それができなかった。なので「次回は!」と肝に銘じたところです!!
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ちなみにラジオで話されていたのは「生活寿命」についてでした。生活寿命とは「ある生活行動ができなくなったり、したくなくなったりする年齢」のこと。
それは、そのことに関して認識を新たにする、新たな意味づけをする年齢、ということでもありますね。
「大盛寿命」とか「信号ダッシュ寿命」とか、笑。 おもしろい!
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「生活者 生活寿命」
もう11年も前の資料なんですね。博報堂生活総合研究所。