「私」は決めた。
例えばですが、上から目線な物言いなど、自分のパターンの思う通りではない他人の言動に不快な感情が湧き上がる時、「私、決めたよね?!そこから離れるって、決めたよね?!」と心の中で諭しています。
どれだけ低く見られたくなくても、どれだけ馬鹿にされたくなくても、「低く見られない」とか「上に見られる」とかいうことよりは、「そこから離れる」であるとか「他人に自分の扱いを求めない」ことのほうが、よっぽど心の中は軽やかで穏やかで、気持ちよくいられます。だから「私」はそれを選び続けます。
そして娑婆(日常)では、そのパターンが引っかかるのは容易いので、そういう時には、「私」が決めたことを思い出します。それは「私」が確かに選んだというリマインダーとなって、私の日常を切り拓きます。
▼ 普遍的な魂の学びは、実践を通して自分自身の学びとすることにその面白さがあります。
ぜひ、内なる眼差しを持って自らの世界を探求しましょう。
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