自分と向き合う人の責務
他罰・他責で成り立っている世の中です。
他人が自分に対してひどいことを言った。そのせいで自分はこんなに傷ついた。どう考えても悪いのは相手であり自分ではない。正すべきは他人であって自分ではない。私は何も間違ったことをしていない!悪いのはあいつだ!
そういうふうに他人を糾弾する時、自分の正しさも立証できるし、スカッとして気持ちがいいかもしれません。
でもその調子で行くと、年がら年中、人を非難することになり、人間関係に軋轢を生むことになると思います。
他罰・他責を平たく言うと、「何もかもが人のせい。自分の人生、人のせい」ということになり、そういうスタンスで生きている人は多いように思うんです。私もそうでした。どういうわけだか周りや他人に目が行くんですよね。自分の外側に。。。
その転換点となったのは「他人のことは変えられない」という現実だと思います。自分のために他人が変わってくれるってありえないんですよねー。
だから、他人のことは置いといてー、傷ついた、その時の自分のパターンはなんだろうか。いったい何にひっかかっているんだろうか。。。自分の心の中に住んでいる自分のパターンに目を向けよう、ということなんですよね。
それは、相手のせいにしないということは、自分のせいなんだ、自分が悪いんだ、、ということではなくて、自分の中で起きていることだから自分が引き取るしかない。それが自分と向き合う人の責務なんだと思います。